
英国ロンドンのバッキンガム宮殿で5月23日(現地時間)、Appleのインダストリアルデザイングループ担当上級副社長のジョナサン・アイブ氏への大英帝国勲章の授与式が行われた。アイブ氏は2006年に三等勲章を授与されていて、今回は二等勲章への昇爵ということになる。
この日、The Telegraphに彼のインタビューが掲載された。そこで、2回に渡り翻訳してその内容をお届けしたい。まず1回目は、アイブ氏が英国と自身のデザイン、そしてAppleのデザインについて語ったものだ。
ジョナサン·アイブインタビュー:Apple社デザインの鬼才は根っからの英国人
Appleのデザインの第一人者ジョナサン·アイブ氏は今日、iPad等クリエイティブな製品を生み出した功績から爵位を受けた。シェイン・リッチモンドとのインタビューで、英国の産業遺産が彼の成功の背後にある理由を語った。
ロンドンのコベントガーデンにあるAppleストアの中を歩くと、ひとりだけがジョナサン・アイブを二度見したが、それはスタッフのひとりだった。店内のだれもが、自分たちが愛用している iPadや, iPhone、iPodのデザインに関わった重要人物の存在にひどく無関心な様子だ。
アイブ氏は静かに話すタイプの思慮ぶかい英国人で、1992年からカリフォルニア州のApple社に勤務し、1997年からデザインを担当して、ここでの功績が彼を世界で最も影響力のあるデザイナーにした。iPodの登場で音楽業界の構造が根本的に変わり、一方でiPhoneは携帯電話業界に同じ旋風を巻き起こした。そして彼のチームの最新製品であるiPadは、コンピュータの新しいかたちを作った。
素晴らしい功績の数々によりデザイン界で崇拝を受けるアイブ氏は、8千万ポンドを超える財産を築き上げた。それでもなお、彼はこのことをまだよくわかっていない、と言う。「人々の関心は製品にあるのであって、その作者ではないので」とジョナサンは言う。
企業での成功によってナイトの称号を得た今日を期に、もっと多くの人がアイブ氏の顔を知ることになるだろう。しかし彼は名誉に対して信じられないほど謙虚である。
「私が今までやりたかったことはデザインと製作であり、大好きなことでもあります。自分がしたいことを見つけてそれが出来るのは素晴らしいことです。ただ、見つけることと、それを実現し没頭することは別のことです。イギリスのデザインと製作の歴史については多いに意識するところであり、この道で自分の実力が認識されるのはとても名誉なことです。」とアイブ氏は述べた。
アイブ氏は1967年エセックス州チングフォードに生まれ、スタッフォードシャーで育ち、大型コンプリヘンシブスクールであるウォルトン高校に学んだ。彼が師と仰ぐ父親から強い影響を受け、デザインの道に進んだ。「父はとても腕のいい家具と銀食器の職人で、 自分で何かを作り上げることの道において天才でした。」とアイブ氏は父について語った。
ジョナサン・アイブが語るMacBook Proのユニボディ
アイブ氏はApple社の製品に対する細部に及ぶこだわりについてこう語る。それは使用する私達が気付かないような詳細部分で、「引出しの奥を完成させる」ような欲求だ。「それをやるのが正しいと思うからやるのです。」父親の仕事を見ながらそのアイデアが浮かんだという。「子供の頃、絵を描くのが好きでしたが、それは私のアイデアをサポートするものでした。いつも絵を描いて、それをもとに何かを作っていました。」
ニューカッスル・ポリテクニックでデザインを学び、現在はノーサンブリア大学でゲスト講師として教鞭を取っている。「私がデザイン学校に通っていた時代で面白かったことのひとつは、グラフィックデザイナー、ファッションデザイナーや美術学生に非常に近接していたということです。これが私のカレッジ時代を特徴づけていて、多くのエネルギーとバイタリティを生み出し、ロンドンの多様なクリエイティビティ密度を濃くしているのだと思います。」

アイブ氏が大学在学中にApple社のMacに出会うまでには、しばらく時間がかかった。自身のことを技術的には全く劣っていたとアイブ氏は当時を振り返って言うが、彼が使用できるコンピュータを発見したことが非常に嬉しかったという。「それに出会った瞬間、まるで自分ではなくなってしまったかのようでした。これまで使用していたコンピュータとはまるで違っていたんです。」
その経験から、アイブ氏はApple社とその背後にいる人々について興味を抱いた。その後、彼が共同設立したデザイン事務所であるTangerine社で、彼はコンサルタントとしてApple社のために働いた。そして20年前、彼はApple社にフルタイムで勤務するためにカリフォルニアに移った。しかし、それにもかかわらず彼のデザインは「間違いなくイギリスのデザイン教育の産物」である。
「高校生のときから、英国の設計や製作についての素晴らしい伝統を強く認識しました。イギリスが工業先進国だったことを考えると、私の職業がここから築き上げられたと言っても過言ではないと思います。」
アイブ氏のデザインスタジオは、Apple社のクパチーノキャンパス内にあり、彼の英国の妻ヘザーと二人の子供が住んでいるサンフランシスコの自宅から車ですぐの場所にある。このスタジオは秘密に包まれており、選ばれた社員だけがオフィスに入ることを許され、その窓ガラスは遮光グラスで中が見えなくなっており、オフィスにはApple社の製品のデザインやプロトタイプが所狭しと並んでいる。
坊主頭の筋肉質なデザイナーの姿からすると、飾り気のないタフなキャラクターを期待するかも知れない。Apple社はチャレンジのある企業として評判があるが、ウォルター・アイザックソン著の先日亡くなった共同創設者スティーブ・ジョブス氏の伝記によれば、アイブ氏が喧嘩の末に社員を泣かせる場面もあったという。
しかしインタビューをしてみると、アイブ氏は非常に優しい気性の人のように見受けられた。こちらが質問をすると、彼はしばらく間を置いてじっくりと考えてからゆっくりと答えを紡ぎだしていった。彼がApple社での仕事について語るとき、彼は「私は」という表現よりも「私達は」という表現を使い、Apple社を成功へと導いたリニューアルしたキャンディー色のiMacや、コンピュータの使用方法を再定義したタブレット、iPadなどの製品を製作したチームワークを強調した。また、「シンプル」や「フォーカス」など、特定の単語が何度も使用された。「私達は、見えてこない製品を開発しようと試みています。これが意味を通すための唯一の方法だ、という感じです。私達の製品はツールであって、それを邪魔するデザインはしたくない。シンプルさと判りやすさをもたらしたいのです。製品を機能させることに集中しています。」
「私は、利用者は潜在的に、非常に洞察力があるものだと思います。質の良いものには目が向くのです。」Apple社製品の質ということに関して、アイブ氏は何度も熱心に言及していた。基本的に彼は産業革命に自分の基準を置いていた。「心配なことの一つは、大量生産と産業化が進んで、不健全で質の低い製品を作ってしまうことです。」

「手間をかけて作ることが重要、という考えは立派です。しかし、質の低いその場しのぎの製品を作ることもできるし、質の高いものを大量に作ることもできる。質が高い製品かどうかは、その製品を何個作るかということとは無関係です。」
「製品を開発して制作し、それを市場に出すとき、明確な価値観が非常にものを言います。私達が重要視するのは、どれだけ手間をかけたか、またスケジュールにはまった製品や、企業戦略・競争のための計略に対応するための製品を作らない、ということです。私達は真の意味での質の良いデザインで、最良の製品を提供したいのです。」
こういった発言を文章化すると、感傷的で理想主義のように響き、皮肉の対象になりやすい。他の電子製品企業の多分にもれず、Apple社は、製品が組み立てられている中国等の工場での労働条件について批判を浴びている。
Apple社は、製品や顧客を大切にするのと同様、労働者に対する待遇も良くしているように見せようと努力している。Apple社によると、詳細な監査の結果、工場の水準は大分改善されてきており、同業他社よりもさらにサプライヤーを広く徹底して監視している、と述べている。
アイブ氏と彼のチームは、Apple社が作る製品をデザインしているばかりではない。彼らのアイデアは多くの場合、非常に斬新なものなので、それを工場で製作するための全体の生産プロセスも設計しなければならない。
アイブ氏はこれまでに非常に多くのことを達成し、そして彼の前にはまだまだキャリアを築く道が開けている。とはいえ、今回の爵位授与は実績評価する上での良い機会となった。私は彼に「あなたの代表作としてApple社のデザインのひとつを選ぶとしたら、どれを選びますか?」と訊いた。
しばらくの間を置いてから、彼はこう答えた。「それは本当に難しい質問ですね。いつだって、今現在手がけている製品が一番重要で、最高の仕事だと感じるものですから。ですからつまり、今手がけている製品については、あなたに今お教えすることが出来ないのですが。」
Apple社は、将来の製品について秘密を厳守することで有名だ。私は、女王が今日新しいiPhoneについて尋ねたらどうなるかと訊いた。「ごめんなさい女王陛下、今後の製品についてはコメントできないんです。」とでも答えるのだろうか?
「そう答えたら、面白いでしょうね」と、彼は笑った。
それで私は、彼が女王陛下には逆らえないのだと判った。
まとめ
ジョナサン・アイブが、自身のデザインに対する英国の産業、デザイン教育からの影響、そしてAppleの製品の質について語っているが、「私は、利用者は潜在的に、非常に洞察力があるものだと思います。質の良いものには目が向くのです。」というくだりが非常に印象に残った。裏を返せば、「利用者は質の悪いものから無意識に目をそらせる。」と言えるだろう。
モノで溢れかえる今日、デザインは価値であり、消費者の選択要因であり、価格を左右する大きな要因となっている。Appleのデザインをリードするジョナサン・アイブが「質の良いものには目が向く」ということを心に留めて今日も次のAppleの製品を生み出す仕事に従事しているということを私たちは認識し、自分たちの仕事とデザインのあり方について考えることは非常に有意義なことだ。
後編:Appleのジョナサン·アイブが語る「アイデアが形になるプロセスとチームワークと今後のApple」
参考:The Telegraph