あなたはスターバックスのオンラインコミュニティ、My Starbucks Ideaをご存知だろうか?My Starbucks Ideaはスターバックスが業績不振に苦しんでいた最中の2008年1月にCEOに復帰したハワード・シュルツが企画し、3月18日の株主総会で公開したオンライン・コミュニティだ。
このサイトを通して、ユーザーはスターバックスに商品や店舗などに関する様々なアイデアを投稿することで提案できる。
公開された当時はこのサイトについて様々なブログで賛否両論あったが、実際何をもたらしたのかについてはその後ほとんど取り上げられていないようだ。そんなわけで、今日はこのMy Starbucks Ideaとソーシャルメディアがスターバックスの戦略の中でどのような位置にあり、何をもたらしたのか、その役割について考えてみたい。
My Starbucks Ideaとは?
その前に少しだけMy Starbucks Ideaについて手短に解説しておこう。My Starbucks Ideaの機能は大きく分けると次の3つで成り立っている。
- GOT AN IDEA?(アイデアの投稿)
- VIEW IDEAS(投稿されたアイデアを見る)
- IDEAS IN ACTION(実行されたアイデア)
GOT AN IDEA?(アイデアの投稿)で、自分のアイデアを投稿し、VIEW IDEAS(投稿されたアイデアを見る)で、他のユーザーのアイデアを閲覧でき、またアイデアに投票することができる。そして、IDEAS IN ACTION(実行されたアイデア)は、ユーザーからのアイデアをスターバックスが取り入れ実行された際に報告される。
例えば、スターバックスリフレシャーズが限定販売だった時に、ユーザーが「カリフォルニアのサンディエゴで妻と息子とともに飲んだリフレシャーズが忘れられない。ぜひ近いうちに全米で販売されることを希望するよ。」と投稿したアイデアに対して、多くのユーザーが投票をした結果、スターバックスから「昨年の夏にアリゾナとカリフォルニアで販売したスターバックス リフレシャーズが全米および国外の多くの店舗でまもなく発売されます。」と実行された報告が付くといった具合だ。
2007年、2008年の2年間、業績不振に苦しんだスターバックス
さて、このMy Starbucks Ideaが公開された2008年はスターバックスにとってかなり苦しい時期だったらしく周辺では身売りの話も囁かれていたようだ。まずは当時スターバックスがどのくらい業績不振の中にいたのかを株価チャートで確認しておきたい。
2007年、2008年の2年間、その株価が下がり続けているのがわかる。2007年のサブプライムローン問題、2008年のリーマン・ショックなど世界金融危機が深刻な状態であったのに加えて、コーヒー・エスプレッソ企業の増加など様々な条件が重なっている。ハワード・シュルツは著書の「スターバックス再生物語」で以下のように述べている。
2007年、スターバックスは道を見失った。成長に固執するあまり業務から目をそらし、中核となるものから離れてしまったのだ。一つの決定や戦略や個人が悪かったのではない。セーターの糸が少しずつほつれていくように、崩壊はゆっくりと静かで漸進的だった。
実際、スターバックスは2008年7月1日に米国で展開する店舗の8%である600店舗を閉店し、世界中のパートナーの7%にあたる1万2千人の解雇を決断している。
スターバックス再生への取り組み
パートナーに語りかけるハワード・シュルツハワード・シュルツはCEOに復帰しスターバックスを再生させるために目標を定め、様々な取り組みを行なった。その結果、2010年度には収益が過去最高の107億ドルを記録。営業利益は2009年度の5億6200万ドルから8億5700万ドル増加し、14億ドルとなっている。1年間の営業利益率も13.3%で創業以来最大となった。
ハワード・シュルツは、再生のための目標とそれを支える取り組みとして以下の7点を挙げている。
7つの大きな取り組みー7 Big Moves
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- コーヒーの権威としての地位を揺るぎないものにする
(中核事業で他社より秀でて先を行くことができなければ、変革は実現できない。) - パートナーとの絆を確立し、彼らに刺激を与える
(研修やキャリア開発の機会を改善する。) - お客様との心の絆を取り戻す
(ブランドに合致する価値を提供しながらニーズを満たし、忠実なお客様に報いるプログラムを開発し、スターバックス体験の中心へ据える。) - 海外市場でのシェアを拡大する―各店舗はそれぞれの地域社会の中心になる
(海外市場でのシェアを伸ばしながらも、それぞれの地域社会や文化との繋がりを確立。)
- コーヒー豆の倫理的調達や環境保全活動に率先して取り組む
(フェアトレードやコンサベーション・インターナショナルとの協力関係を拡大。環境に与える影響を軽減する取り組み。) - スターバックスのコーヒーにふさわしい創造性に富んだ成長を達成するための基盤をつくる
(コアや価値に関連する新商品を作り出す。) - 持続可能な経済モデルを提供する
(コストを減らし、世界一流のサプライチェーンを築き、質とスピードの向上とともに継続的なコスト管理による業務改善。)
スターバックスにとってのMy Starbucks Ideaとソーシャルメディアとは?
ハワード・シュルツによれば、My Starbucks Ideaとソーシャルメディアは「7つの大きな取り組み」のうち「3.お客様との心の絆を取り戻す」ための取り組みの一つということだ。
My Starbucks Idea
My Starbucks IdeaはDELLのマイケル・デルと休暇を過ごしているときに彼にDELLのアイデアストームを教えてもらったことから始まっている。
ハワード・シュルツがMy Starbucks Ideaについて「スターバックス再生物語 つながりを育む経営」で語っている部分をいくつか挙げておこう。注目してほしい点は太字にしている。
革新(イノベーション)とは、商品を見直すことではなく、関係を見直すことだとわたしは思っていた。だから、デルはアイデアストームによってお客様の声を取り入れ、商品やサービスの改善をしている、というマイケルの言葉にうなずいた。スターバックスが学ぶべきものがあるはずだ。失いかけているお客様との絆を取り戻すチャンスになる。
デジタルチームが精力的に取り組むうちに、すぐに一つの考え方が明らかになった。つまり、お客様から提案をいただくだけでなく、その後の対話がより大切だということだ。リサイクルや低脂肪のフードといったお客様からの提案は、対話へとつながる扉なのである。それぞれの意見が、お客様に学び、伝える貴重なチャンスとなれば、新しくできるウェブサイトは一方通行の「ご意見箱」ではなく、真のつながりを確立するものになる。
皮肉にも、最大の問題は技術的なことではなく、人間的なことだった。たとえば、新しいサイトに人員を割いてくれるよう、リーダーたちを説得しなければならなかった。市場ではスターバックに対する批判は最高潮に達しつつあったので、それに進んで身をさらすことや、サイトが「アンチ」と呼ばれる人たちに乗っ取られることへの不安も鎮めなければならなかった。さらに、解答するときにうっかり機密情報を漏らすことがないよう、50人のモデレーターを訓練する必要もあった。
2008年3月19日の株主総会で公開され、その後24時間のうちに7000のアイデアが書き込まれた。
インターネットにあまり通じていない人々は、スターバックスはコントロールできない意見箱を置くことによってリスクを冒した、と言った。これはわたしたちが感情的に越えなければいけないハードルでもある。
公開から一週間で、10万人が投票し、二ヶ月で4万1000のアイデアが寄せられた。
それによってわかったのは、払った金額に対してもっと価値を提供してほしい、頻繁に利用することに対する見返りを、とお客様が望んでいることだった。この発見によって、パイクプレイス・ローストの発売に続いて実施が予定されているリワードプログラムを成功させる自身が強まった。
マイスターバックスアイデア・ドットコムのおかげで、リワードプログラムの感想がすぐにわかった。どこが悪かったのか、どこが良かったのかをお客様がネット上のコミュニティで教えてくれるからだ。その夏、いくつかの都市で実施したプログラムで人気があったのが、レシートを持っていくとおかわりを二ドルで提供するというプログラム、トリート・レシートだ。午前中に買い物をしたときのレシートを持って、午後二時以降にもう一度店へ行けば、グランデサイズの冷たいドリンクを二ドルで買える。マイスターバックスアイデア・ドットコムでリクエストがあったために、このプログラムは全米で実施され、午後の売り上げの落ち込みを埋め合わせることができた。
2008年3月に公開以来、サイト登録者は25万人。10万の提案が寄せられている。(中略)100の提案を採用した。お客様が意見をくださる限り、耳を傾け、対応するつもりである。
ソーシャルメディア
ソーシャルメディアについても取り上げておこう。2012年8月1日現在、Twitterは270万人以上がフォローしており、Facebookでは3100万人以上の人がファンになっている。
スターバックスは、これまで以上に、会話をし、わたしたちのやっていることに興味をもってくれる人たちと常に関わっている。ソーシャルネットワークは、スターバックスがかつてのように守りにはいるのではなく、人々の先頭に立つことができることを示してくれた。割引クーポンをばらまいたりせず、スターバックスとお客様にとって大切なこと―コーヒーからリサイクルまで―について意見を交わし、お客様に語ると同時に耳を傾ければ、お客様はわたしたちについてきてくれるし、より強い愛着を感じてくれるだろう。
ブランドに光の輪を頂かせるだけでなく、スターバックスは双方向性の会話を促進させ、わたしたちの活動に対する注目、信頼、そして、売り上げを拡大してきた。
デジタルメディアとソーシャルメディアは、お客様と関わり、なにかを企画するための重要な役割を果たすことになると理解したため、フェイスブックの最高執行責任者であり、グーグルの最初の300人の社員のひとりであるシェリル・サンドバーグをわたしたちの取締役会に迎えた。
その他にiPhoneおよびAndroidアプリもリリースしている。スマートフォンで近くのスターバックスを探したり、エスプレッソをバーチャルカスタマイズしてみたり、コーヒーやフードに関する情報を閲覧したりと店舗にいない間もスターバックス体験を提供している。
スターバックスより双方向のマーケティングを学ぶ
My Starbucks Ideaやソーシャルメディアによってスターバックスは、お客様が店舗にいない時にでもスターバックス体験の機会を作り出し、関係・絆の強化を実現している。また、顧客が望むことをデータベースに落としこみ顕在化させたことで、商品・サービス、マーケティングに関する顧客のインサイトを抽出しやすくし、改善を行うことができるようになった。
今回、私がこの記事で一番伝えたかったのは、「双方向のマーケティング」についてスターバックスから学ぼうということである。「双方向のマーケティング」とは言い換えれば、マーケティング・コミュニケーションであり、リレーションシップだ。ハワード・シュルツが挙げた「お客様との心の絆を取り戻す」というのはまさにこの部分にあたる。
私は、マーケティングとは、企業とターゲット・消費者・社会の間にある深く暗い谷を埋め、距離を縮める活動だ、と考えている。さらにマーケティングは、CMのような「一方向のマーケティング」とMy Starbucks Ideaのような「双方向のマーケティング」に分類できる。
マーケティングは「一方向のマーケティング」だけではもはや不十分な時代に入った。企業は以前ほど多額の広告予算を捻出することができず、消費者は出費に対してシビアになり、購入することに慎重になっている。このような状況下で「一方向のマーケティング」だけに頼っても、企業は消費者・社会との心の距離を縮めることは困難だ。また、ソーシャルメディアへの接触時間が増えたことも大きく影響している。彼らにとって一方向の普通のCMや広告を見てもほとんど響かず、テレビを見ていてもCMの間は、iPhoneやiPadを介してFacebookに投稿したり、友達との会話を楽しんでいることも多いだろう。つまり双方向の世界で生きているのだ。
全ての企業が「双方向のマーケティング」について考える時期に来ているのではないだろうか。今まで手を付けていなければ、企業を大きく変える機会が眠っている可能性も高い。スターバックス体験を広げようというスターバックの取り組みや、それを実現するためのMy Starbucks Ideaやソーシャルメディアの活用は参考になるだろう。「双方向のマーケティング」を通して、ブランド体験を広げ、価値を感じてもらうにはどうすればいいのかを考えよう。
オンラインだけでなくオフライン、そしてオンラインとオフラインを統合したマーケティングについても、双方向性を加えられないか考え、顧客・見込み客との接点がコミュニケーションを発生させるスタートポイントになるようにマーケティングを再設計することをお勧めしたい。
- コーヒーの権威としての地位を揺るぎないものにする